播磨の酒 八重垣
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林田藩と八重垣 林田藩に興る 幕末の動乱 八重垣誕生
ヤヱガキの礎 産業革命 次代の創造

機械造りから手造りへ。個性ある純米の酒へ。

造りの酒が旨い、といわれるのはその土地の風土を映し、個性が際立つからだ。 幸い八重垣は、酒造好適米として名高い播州産山田錦、林田川の伏流水という優れた素材を地元にもっている。 さらに昭和46年に若干28才、田中博和という新進気鋭の但馬杜氏を迎えることができた。

を問う時代に加え、米・水・人の3つの条件が揃ったこと、そして地方の酒造会社として生き続けるために大手とは違うことをやろうとしていたことが、八重垣が手造りを選んだ理由である。

のぬくもりを大切にした蓋麹法(ふたこうじほう)で麹を造り、古来からの自然の気象に基づく寒仕込みによって純米の酒を醸す。いまも、これからも八重垣はこの酒造りを続けていく。


全国に、そして世界に認められる酒

成5年7月に待ちこがれていた知らせが入った。「平成4酒造年度全国新酒鑑評会、金賞受賞」。平成6年には全国新酒鑑評会金賞連続受賞という快挙をなす。

た同年6月には全日空国際線の機内酒に、清酒「八重垣」が選ばれた。全日空では特色あるサービスづくりのために機内食の和食の充実がプランされ、その食中酒に日本全国の清酒の中から抜擢されたのだ。

びはそれにとどまらなかった。平成8年モンドセレクション酒類部門金賞受賞、後7年連続受賞し、ヤヱガキの酒は世界的にも評価されるようになった。

た、平成12酒造年度、平成13年度酒造年度全国新酒鑑評会、金賞を2年連続受賞している。

 


八重垣の酒を世界へ

国、台湾、アメリカ。現在ヤヱガキには3つの海外拠点がある。

国の拠点は、上海東発醸造有限公司。
1994年、揚子江河口の崇明島に誕生した日中合弁会社だ。同地とヤヱガキは1980年より、味醂の原料となる白酒の製造委託を通して提携。会社設立後は、白酒に加えヤヱガキの指導のもと焼酎造りなども開始した。近年、焼酎「發」をはじめとする、中国本土向けの酒類製造も活発になっている。

湾は台北市に位置する、八興股有限公司。清酒などのヤヱガキ製品を輸入し、新しい酒やバイオのための漢方原料など輸出する、95年誕生の商社タイプの会社である。

してアメリカは、ヤヱガキ・コーポレーション・オブ・USA(YCU)。ヤヱガキの出資会社を前身に1999年に生まれた。アメリカ産清酒をこれまでのように在米日本人ではなくアメリカ人に販売する計画を進行させるとともに、醗酵技研の原料調達や醸造機械の販売など、グループ全体のアメリカにおける基地として機能している。

3つの拠点は、それぞれ現地での活動拠点であるとともに、よりひろい国際的な事業を展開するための核として年々その価値を高めてる。


米作りから酒造りを、人造りから次代を創造する。

重垣企業姿勢の現われに、近年発表された「箙(えびら)」がある。この「箙」という名は、江戸時代に河野鉄兜が長谷川家の酒の切れ味を絶賛し命名した酒銘を由来としている。(詳しくは「幕末の動乱」参照)
この酒は、田中博和杜氏が、故郷兵庫県美方郡温泉町で自ら育てた有機農法米を原料にした限定酒だ。田中はこの酒の有機肥料も、自分の飼育する牛から作りだしている。

た八重垣の酒蔵では、今、田中たち蔵人に混じって数人の若者が働いている。彼らは社員でありながら毎年約半年間、田中たちと文字通り寝食をともにして、昔ながらの酒造りを行う社員蔵人なのだ。

年先、必ず訪れる蔵人の高齢化、絶対数の不足に、八重垣は手造りによる人造りによって対処しようとしている。八重垣の酒を生む、本物志向、個性の追求。これこそ時代が変わっても事業分野が変わっても決して変わらない、ヤヱガキグループすべての心なのだ。

産業革命  
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ヤヱガキ酒造株式会社